他界した祖父の【介護期間】で得た気づきの多さ

約2年前に自転車でこけて 腰あたりを骨折 それがきっかけで脳へも影響がでて 介護を余儀なくされた祖父 令和元年88歳で生涯を終えました

昔からコーヒーが大好きで 出掛ける時はいつも キチッとスーツに着替え キチッと整理された戦時中のアルバムを 見せて昔の話を聴かせてくれた お爺ちゃん

爺ちゃんにとって初孫の私 高校時代 お祝いに腕時計をもらって 爺ちゃんの家から通っていた時期もあった 私の結婚式では爺ちゃんに 一曲披露してもらう場を作らなかったために 後で怒られたっけ 笑

真面目で几帳面で 遊びに行くと必ず 笑顔でポテチを出してくれた 優しかった爺ちゃん

天気も良く 美術館のような素敵な場所で 見送ることができました

静かな場所で厳かな感じが 好みの爺ちゃんだったから 最後の最後まで おしゃべりで賑やかな婆ちゃんの姿に 「うるさいわ!」って つっこんでそうだけど^^: 「泣いて見送るのは嫌だ」という 婆ちゃんの気持ちも ちゃんとわかっているよね

骨折して入院した時 見た目も激変してしまって ショックで声もでなかったけど 全く動けなかった状態から 2年間の間に自力で歩いて 美味しくご飯が食べられるようにまでなって 最後に一緒に食べたのは ハンバーガーだったなぁ^^ (普段は食べないのに 私のリクエストに応えてくれたんだっけ)

婆ちゃんの調子が悪くなったら 爺ちゃんがしっかりしなきゃって 元気になって 爺ちゃんが動けない時は 婆ちゃんがシャキッとして

ほぼ二人同時に介護がはじまって でもバランスよく支えあって そんな二人を献身的に介護する母(はる宮さん)の 姿を見ることができた

自転車でこけてそのままぽっくりじゃ 悔やんでも悔やみきれない
この2年間の介護は
正直孫の私から見てもラクじゃなくて 兄弟間のトラブルも見えたりと いろいろあったし 孫の立場から見て 長生きしてほしい気持ちと 介護疲れでイライラが 隠せなくなっている姿を見ていく辛さと 正直複雑な心境になったりもしたけれど

残された側の心の整理・覚悟がつくまで そしてそんな親の姿を見せるために 一生懸命前向きに生きてくれたのかなって 勝手に孫の私は思っています

爺ちゃん 優しい母を育ててくれてありがとう 婆ちゃんとの良い夫婦像を 見せてくれてありがとう

(娘)はる宮さんが 「爺ちゃん、婆ちゃんのような 老後を過ごしたい」って言ってたよ 二人が理想だって

いいね 孫の私もそう思うし 私も爺ちゃん、婆ちゃんのような 両親のような 価値観は全く違うけど それでもお互いの存在を認め合い 寄り添いあい続けられる 夫婦でいたいです

婆ちゃん残して心配だと思うけど ゆっくり休んでください

爺ちゃんありがとう